ジャパンエナジー石油開発
沿革
雄物川の大噴油
1905年
日本鉱業の創立者である久原房之助は、日立の銅鉱山を買収し、非鉄金属鉱業のビジネスを開始しました。
1914年
国内各地の石油開発事業に進出。すぐさまその事業をテキサス(米国)、サハリン(ロシア)、ボルネオ(イギリス植民地:当時)、台湾、ビルマそしてジャワに拡大して行きました。
台湾におけるガス田の開発やサハリンにおける石油の権益(これは後に三井、三菱そして日本石油との合弁による、北サハリンにおける油田の発見に繋がります。)を獲得するなどの大きな成功を収めました。
1933年
北日本において油田の探鉱井の掘削を開始し、1935年には原油の日産量が6,000バレル、ガスの日産量が30百万立方フィートに達する雄物川油田の発見に至りました。
その際に、最新の地震探鉱技術を用いて、日本最大の陸上油田となったこの地域一帯の構造を明らかにしました。
雄物川における大油田の発見を受け、近傍の船川に立地する製油所を買収しました。これがその後のジャパンエナジーの下流部門の源流である船川製油所です。
1949年
戦後、ジャパンエナジーは北日本で石油・ガス上流部門の事業を再開し、新潟県の中条においてガス田の発見に至りました。中条ガス田は現在まで、約半世紀にわたり生産を継続しています。
構造性ガス田の開発(中条)
水溶性ガス田の開発(中条)
現在までに、当社の活動は世界の各地まで拡大し、アブダビの海上油田(1973年生産開始)、UAEとカタールの境界にある海上油田(1984年生産再開)、中国の海上油田(1993年~2009年生産)やパプアニューギニアの陸上油田(1998年生産開始)の開発に成功しております。
海上生産施設(中東)
探鉱活動(パプアニューギニア)
2008年
ジャパンエナジーマレーシア石油開発株式会社(ジャパンエナジーの100%子会社)がマレー半島の東方沖合約150kmの海上に位置する PM308A鉱区を取得し、マレーシア国営石油会社ペトロナスと生産分与契約を締結しました。また、オーストラリアにおいて、西オーストラリア州北西部沖合約150kmにあるWA-412-P鉱区を取得し、同じくジャパンエナジーの100%子会社である JAPAN ENERGY E&P AUSTRALIA PTY LTD が事業を開始しました。
